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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)349号 判決

主文

被上告人の請求中、上告人の被上告人に対する山口地方法務局所属公証人森本盛衛作成昭和三二年第二八一号金銭消費貸借契約公正証書のうち元本債権五四万二二五〇円及びこれに対する昭和三九年三月二一日から支払ずみまで月二分五厘の割合による遅延損害金債権の執行力の排除を認容した部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

上告人のその余の部分に対する上告を棄却する。

訴訟の総費用は、これを三分し、その二を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。

理由

上告人の上告理由について

原審は、

(一)上告人を債権者、訴外福十商事株式会社を債務者、被上告人を連帯保証人として、(1)昭和三一年一月九日貸与の一〇〇万円につき、弁済期を同三二年三月末日、利息を月二分五厘、毎月末日払とする山口地方法務局所属公証人森本盛衛作成昭和三二年第二八一号金銭消費貸借契約公正証書(以下「第二八一号証書」という。)、(2)昭和三一年一月一七日貸与の七〇万円につき、弁済期、利息の定めを右と同一とする同公証人作成昭和三二年第二七九号金銭消費貸借契約公正証書(以下「第二七九号証書」という。)があり、右各公正証書には、いずれも執行認諾の記載がある。なお遅延損害金の率について特段の記載はない。

(二)上告人・被上告人間の広島高等裁判所昭和三八年(ネ)第二二六号請求異議事件(以下「前訴」という。)について、同四一年七月二八日終結された口頭弁論に基づき、同年九月一三日言い渡された確定判決がある。その主文は、第二八一号証書による強制執行は元本債権中五四万二二五〇円を超える部分並びに利息及び遅延損害金債権中昭和三二年八月三一日までの部分についてはこれを許さず、第二七九号証書による強制執行は利息及び遅延損害金債権中昭和三二年八月三一日までの部分についてはこれを許さないとするものである。

(三)被上告人は上告人に対し昭和四二年三月一日から同四四年四月一八日までの間に別紙弁済関係一覧表の弁済欄記載のとおり弁済をし、その弁済金は同表の充当欄記載のとおり、取立費用等を差し引いたうえ、本件各公正証書記載の債権に充当された。これらの弁済金は、同表(5)記載の二七八万一三三三円を除き、本件各公正証書を債務名義とする強制執行によつて取り立てられたものであり、右(5)の弁済金も、上告人が第二七九号証書を債務名義として、被上告人所有不動産の強制競売を申し立て、かつ被上告人の訴外伊藤真一に対する頼母子講金債権の一部につき差押・転付命令を得て、同人に対し取立訴訟を提起した結果、被上告人がこれを支払つたものであつて、上告人は右支払を受けたことにより強制競売の申立訴訟を取り下げた、

との事実を認定したうえ、遅延損害金の率は本件各公正証書記載の約定利率月二分五厘(年三割)を利息制限法一条所定の制限利率に引き直した率、すなわち第二八一号証書については年一割五分、第二七九号証書については年一割八分の各割合によるべきであるとの見解のもとに、本件各公正証書記載の債権は弁済によりすべて消滅したとして、本件各公正証書の執行力の排除を求める被上告人の請求を認容した。

しかしながら、右の事実によると、本件各公正証書には利息を月二分五厘とする旨の記載があり、遅延損害金の率について特段の記載はないというのであるから、本件各公正証書の表示する遅延損害金の率は月二分五厘(年三割)であると解するほかはないところ、記録を調査すると、成立に争いのない甲第三号証(前訴控訴審判決正本)、乙第五六号証(同第一審判決正本)によれば、(一)前訴において、被上告人は、(1)被上告人は連帯保証をしていない、(2)被上告人は公正証書作成嘱託の委任をしていない、(3)上告人は利息・遅延損害金債権を将来の分も含めて全部放棄した、(4)元本は一部を弁済し残りを代物弁済したことにより全部消滅したとの四点を異議の事由として、元本債権並びに利息債権及び将来の分を含めた遅延損害金債権全部につき、請求異議の訴により本件各公正証書の執行力の排除を求めた、(二)これに対し前訴確定判決は、被上告人の異議事由を、右(1)及び(2)については全部排斥し、(3)については昭和三二年八月三一日までの分の限度で認めてその余を排斥し、(4)については第二八一号証書のみにつき四五万七七五〇円の限度で認めてその余を排斥し、結局、被上告人の請求のうち第二八一号証書については元本債権中五四万二二五〇円と利息・遅延損害金債権中昭和三二年九月一日以降の分及び第二七九号証書については元本債権全部と利息・遅延損害金債権中同日以降の分に関する各請求部分はいずれもこれを棄却した、との事実を認めることができる。これらの事実によれば、本訴において、被上告人が弁済充当につき利息制限法の定めを根拠として昭和三二年九月一日以降の遅延損害金の率を月二分五厘よりも低い率によるべきであると主張して本件各公正証書の執行力の排除を求めることは、前訴の口頭弁論終結前にすでに存在していた事由に基づいて昭和三二年九月一日以降の遅延損害金債権の一部不存在を再び主張し、右部分について本件各公正証書の執行力の排除を求めることにほかならないから、このような被上告人の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触し、許されないものと解するのが相当である。したがつて、前訴確定判決の既判力の基準時である昭和四一年七月二八日現在において、第二八一号証書は元本債権五四万二二五〇円、第二七九号証書は元本債権七〇万円及びいずれもこれに対する昭和三二年九月一日から支払ずみまで年三割の割合による遅延損害金債権について執行力を有していたものといわなければならない。そして、これに対してその後別紙弁済関係一覧表記載のとおりの弁済があつたというのであるから、別紙計算書のとおり、第二七九号証書は元本債権五四万二二五〇円及びこれに対する同月二一日以降の遅延損害金債権の部分は未だ弁済されずに残存していることになる。しかるに、原審は、遅延損害金の率を第二七九号証書については年一割八分、第二八一号証書については年一割五分であるとし、弁済金の充当をした結果、第二八一号証書の元本債権及び遅延損害金債権も全部弁済されたとして、同公正証書の前記残存債権部分についてもその執行力を排除すべきものとしたのであつて、この点において、原判決には既判力に関する法理の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法は原判決中この部分の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この違法をいう論旨は理由があり、右の部分につき、原判決は破棄を免れず、これと同旨の第一審判決は取消を免れない。この部分に関する被上告人の請求は棄却すべきものである。しかし、第二七九号証書の元本債権及び遅延損害金債権の全部並びに第二八一号証書の遅延損害金債権のうち昭和三九年三月二〇日までの部分が弁済により消滅したことは前記説示に照らして明らかであるから、これらの部分につき執行力の排除を求める被上告人の請求を認容した原判決は、その結論において正当であり、右の部分については論旨は採用することができず、この部分に対する上告は棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 団籐重光 裁判官 藤崎萬里)

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